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キャンディーズの音楽~レコードデビュー未満~

2012.07.30 Mon
どうも、野菜嫌いだけどバーニャカウダは大好きなアマチュアジャーナリストのロナです。

一気にデビュー前の話をかいてみました。
タゲマアイコン他のキャンディーズ記事はこちら

キャンディーズ~ラジオの世界 エグレと年増とドラム缶の美学~
キャンディーズの音楽~初期のキャンディーズ~
キャンディーズの音楽~中期のキャンディーズ録音編その①~
キャンディーズの音楽~中期のキャンディーズ録音編その②~
キャンディーズの1975年
キャンディーズの音楽~中期のキャンディーズ録音編その③~
キャンディーズの音楽~中期のキャンディーズ録音編 最終回~
キャンディーズのライブパフォーマンス~75年まで~
キャンディーズのライブパフォーマンス~大里マネージャのステージ美学とMMP~
キャンディーズのライブパフォーマンス~キャンディーズのスティーヴィワンダー~

もうめんどくさいからさっさといってみっか~

■スクールメイツ

60年代初頭、ナベプロの女帝、渡辺美佐女史が本格的な「ジャズ・ポップスの合唱団」(最近、外ドラで人気のあった「Glee」の様なショウクワイヤ的なものかな)を作るべく、人材養成の為に「東京音楽学院」を設立した。


Gleeよりショウクワイヤ、踊りありの合唱ですね。こんな感じのを作りたかったんだと思う

学院の中でも特に優秀だった選抜メンバーがスクールメイツである。
昭和の人間には「ドリフ」のイントロや「紅白」のオープニングなんかでチアガールの恰好で踊ったりしてる女子がなじみ深いであろうが、意外にも布施明、森進一の様な男子、はたまた吉川晃司や笑福亭笑瓶までもスクールメイツ上がりであることから、コーラスグループ養成だけでなく、タレント育成の意味合いも強い。
そんな中に、伊藤蘭、田中好子、藤村美樹(美樹は一期下)の三人も居た。
伊藤蘭、田中好子の同期には太田裕美も

伊藤、田中、藤村の三人はここで運命的な出会いとなった模様?
出会いのエピソードに関しては諸説あり一般的には奥多摩キャンプ場で出会い意気投合した事となっており、本人のコメントもあるが、それは作り話らしい。実際は東京音楽学院で学ぶうちに意気投合したようだ。
伊藤が中三、藤村が中二、田中が中一の頃である。

東京音楽学院に入るには良家の子女で無いと入れなかったという話を聞いた事がある。
実際、伊藤は吉祥寺出身の公務員の娘(武士の家柄で曽祖父は広島市長らしい)、藤村はクリスチャンで世田谷出身、父は声楽家で母はピアノ教師。田中は千住出身の下町娘だったが三代続く老舗釣具店の娘だった。

スクールメイツには選抜されるものの三人は目立つタイプでは無く比較的地味な存在だったと言われている。

そんな彼女達に転機が訪れたのが72年、無数にあったオーディションの中からNHKの新番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールに選ばれた事だ。ナベプロからは8~9人がオーディションに参加、その中から伊藤、田中、藤村の三人が選ばれたのだ。
キャンディーズというグループ名が決まったのは本番前日だったという。
番組の矢島チーフディレクターが独断と偏見で「キャンディーズ」とテロップで出すように言ったそうだ。
「食べてしまいたい位かわいい三人組」という意でキャンディーズという事になっているが、この文言からみると彼女達は相当小さいのでは?実際にお会いした事が無いのでわかりませんが恐らく・・・


~キャンディーズ4人編成構想?~

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オーディションに関してのエピソードとしてよく知られているのが、同じオーディションに太田裕美が居たことである(後のヴィーナスのコニーもいたとか)。
真相はわからないが、当初は三人に太田裕美も加え4人でいくはずだったとか、本来は伊藤、藤村、太田の三人だったとか諸説ある、中にはこのオーディションとは関係無い話かも知れないが、伊藤の変わりに男子がいたという話も。しかし太田裕美は別のオーディション、ステージ101のオーディションでヤング101のメンバーに内定したため、結局仲の良い伊藤、田中、藤村の三人に決定した。
後に太田裕美はキャンディーズ加入説を否定している・・・。

『歌謡グランドショー』のマスコットガールに選ばれ、「ジュリーの後ろで踊れる」と喜んでいたものの、仕事は、椅子を運んだり、楽器を運んだりの雑用や、出演歌手の音併せ要員であり、特に音併せ要員がいやで泣きながら三人でNHK内を逃げ回ってたという。

その頃レコードデビューの予定は無かったが、いくつかの録音はこなしている

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アンルイスのデビュー曲にバックコーラスで参加。
アンは後にキャンディーズの衣装を手がける事となる。

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スクールメイツの録音にも参加、前列に伊藤、田中、二列目に藤村と太田裕美が確認出来る。
四人目のキャンディーズ?太田裕美との唯一の録音であるが合唱なのでそれぞれを確認する事は出来ない~


23回 紅白歌合戦にスクールメイツとして参加したキャンディーズ
この年の紅白は、天地真理、ジュリーがソロとして初登場。直前にレコード大賞を受賞していたちあきなおみが「喝采」を歌った年。視聴率も歴代2位の80.6%と、やっぱり運の良さが見え隠れする


~愛称について~

いつの時代でもそうであるが、アイドル的性格を帯びるタレントにはキャッチーな愛称が必要である。
キャンディーズは当初「ラン、ミキ、ヨッチ」だった様だが、語呂が悪いということで好子の好から「スー」となり馴染み深い「ラン、ミキ、スー」となった模様。
呼び方の順番は・・・

~アウトキャストとキャンディーズ~

キャンディーズのプロデューサといえば当時ナベプロ社員だった、松崎澄夫である。
出会いは、松崎澄夫プロデューサが東京音楽学院の授業を視察に行った際、遅れて入って来たキャンディーズの面々を気に入り担当を直訴したことに始まる。アシスタントプロデューサを経て正式にプロデユューサに就任し、解散までプロデュースを務めた。
松崎プロデューサは、後に芸能プロダクションアミューズの社長になる音楽界の大物であるが、この方、以前はこんなことやってました。

0214outcast.jpg
水谷公生率いるカルトGSの雄、アウトキャストのメンバーでした。
高2の時にアウトキャストにボーカリストとして加入
代表曲「電話でいいから」はガレージパンククラシックスとして極めて人気が高く、僕も以前ステージで演ってました。
アウトキャストとキャンディーズ・・・
正直、全然結びつかないのだが、アウトキャスト好きとしてはもう最高。
さらに、キャンディーズの作曲家として極めて重要な役割を果たした穂口雄右氏も高2の時にアウトキャストに加入、そしてリーダーでスタジオ録音には欠かせないギタリスト水谷公生氏も数多くの曲でキャンディーズの録音に参加している。

あのアウトキャストメンバーがガチで絡んでいるのに正直驚いてしまった。

松崎プロデューサと穂口氏はキャンディーズに美しいユニゾンとコーラスワークを叩き込む訳だが、実はこんなボーカルを披露してました(笑)

世界中のガレージマニアを震撼させたぶっ飛びの「のっぽサリー」

水谷ボーカルだとばかり思っていたのだが、穂口さんのツイッターをフォローしている知り合いによると、「このボーカルは実は僕です」と、穂口さん自らがレスしてこられたそうな~。
驚愕の真実!
穂口さんのボーカルとしての録音はこれだけしか無いそうです・・・

それにしても、この人達があの奇跡のユニゾンと三声のハーモニーの生みの親だと思うと・・・(笑)

~天地真理ミーツゴールデンハーフ~

70年代初頭は所謂、清純派アイドルが相次いでデビューしていた時期で、南沙織、天地真理、麻丘めぐみ、桜田淳子、浅田美代子、山口百恵らが揃い踏みであった。一方、グループアイドルとして有名だったのはゴールデンハーフ(60年代から活躍する女性コーラスグループもあったがアイドルといったものではない)。

そんな中でもナベプロが意識したのは当時人気上昇中だった天地真理だと思われる。それと同じナベプロで「8時だよ!全員集合」にレギュラー出演していて(キャンディーズと同時期にレギュラーでもあった)、知名度もあったゴールデンハーフを継承する形で出来上がったのがキャンディーズのイメージだろう。


日活ニューアクションの金字塔、野良猫ロックセックスハンターではゴールデンハーフの映像がみられる。
ゴールデンハーフは「黄色いさくらんぼ」の様なお色気を活かしたグループであったが、キャンディーズは天地真理的清涼感をプラスし、清純派コーラスグループとして売り出された。

タレント活動が先行していたキャンディーズであったが、73年9月1日、念願のデビューを果たす

73年9月1日 「8時だョ!全員集合」より あなたに夢中

ハンドマイク両手持ちスタイルは天地真理譲り~
あどけないスーとスウィンギンな振り付けを披露するミキが印象的。
この頃のミキはとてもいい表情をしている。

同年4月より、番組のレギュラーをこなしてた甲斐あってか、レコードデビュー当日が土曜日だったため
いかりや長さんの計らいで歌わせてもらう事が出来たらしい。
天地真理でおなじみ、作詞:山上路夫 作曲:森田公一 のナンバーで三声のコーラスがなかなかいい感じの当時らしい楽曲だ。
それにしても、全員集合のバンド、ゲイスターズの演奏が荒っぽくてカッコいい、やたらと荒っぽいワウにどんどん走る垢抜けないリズムは60年代のグルーヴ歌謡の雰囲気満点だ。
カラオケやあてぶりを使わないこの時代、毎回こんなグルーヴが楽しめるなんて贅沢この上ない~

初期のプロデューサは天地真理を手がけていた中島二千六氏であり、刺激こそ少ないもののこの手の牧歌的な楽曲は個人的に好きだ。松崎プロデューサが本領を発揮するのはもう少し先になる

この時期にセンターにたっていたのはスー。
「一番歌が良かったから」と言われているが、決してそんな事は無いような・・・
おそらく一番若くて、天地真理っぽかったからであろう。
それにしてもスーさん、一人だけミニをはかせて貰えなかったのはやっぱりドラム缶の・・・

ようやく歌手としてのスタートを切ったキャンディーズ。

デビュー曲から難しいコーラスに挑戦してるとはいえまだまだ拙い彼女達、伝説へと一歩踏み出した瞬間だった。



~おまけ~


すかんちのローリー寺西がカヴァーしてました~。あ、今はROLLYか
それにしても、この曲をカヴァーに選ぶとはさすが!!
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Theme:音楽 | Genre:音楽 |
Category:グルーヴィ音楽譚! | Comment(0) | Trackback(0) | top↑ |
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